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第60話 グアム再訪

 2009年11月13日(金)〜11月15日(日)の旅程でグアム再訪を果たした。今回は2008年オールジャパンファストドロウ大会の当社賞品「グアムでSAAを撃つ!」を敢行。当選者「ファルコン中山さん」を案内する旅行だった。出発はセントレア(中部国際空港)発コンチネンタル航空、午後8時半フライトの夜便。 規則通り2時間前にカウンターへ到着。すると「DELAY」の文字が。遅れるんだぁ〜と思いながら出発時間を確認すると1時AM???・・・、えっ7時間も待たなくちゃいけないのぉ〜。私もかなりの回数、海外出張を経験しているがここまでの遅れは初めて。夜食用のミールチケットを出され、時間までセントレア内にあるホテルで仮眠を取ることに。でも、そう簡単には寝られませんよね。結局眠い目をこすりながら機中に・・・、その後の睡眠不足地獄はこの時点では予測できずだった。 グァムのシューティングレンジGOSRで久しぶりの当社所有のピースメーカーと邂逅。アーティラリー、キャバルリー、あれっオールド・アーティラリーが無い?とばかりにオーナー「スーさん」に確認すると本格的に修理する為米国本土に送ったとのこと。そういえば、あのアーティラリー1878年製だったもんな。バレルをクルクルとまわしたらフレームから簡単に外れて撃てる代物じゃなかった。(修理代いくらかかるかなぁ)2010年1月に修理終了のメールが。45口径ブラックパウダーか同ライトロードなら射撃可能とのお知らせだった。修理代?ご想像におまかせ。でも、グァムで45口径ブラックパウダー・アモ手に入るのかな?まずは写真とキャプションのお楽しみを。
当初の旅程表。帰り の朝が余りに早い為午後4時35分発に変更してもらった。また、ホテルが旅行社の都合で「ニッコー」となった。タモン地区のオーシャンビューが見渡せるいいホテルへの変更だったが旅費はそのままだった。(ラッキー!)
13日午後8時半のコンチネンタル航空便でセントレア(中部国際空港)から出る・・・、筈がなんとフライト遅れ 。画面一番上のCS972をご覧あれ。
怒る「ファルコン氏」
無事、グアムに到着。日系のニッコーホテルに朝6時到着。ね、ね、眠い。GOSRシューティングレンジのピックアップが9時なので2時間、仮眠。
お部屋はこんな感 じ。バルコニーからはオーシャンビューが一望。
オーシャンビュー
トイレの写真、もちろん撮りましたよ。TOTO製ではあるものの簡易シャワートイレ(エコ・ウォッシャーと表示)でした。スイッチは無くただ単に右側のノブを回すだけ。簡易でもシャートイレであることに感謝。さすが日系の「ニッコー・ホテル」
レンジGOSRにて。ウィンチェスターM66(45コルト弾)と当社SAA45のアーティラリーとキャバルリー・オールド、もちろん正真正銘のコルト社製。アーティラリーはサード。オールドのベースピンはネジ止め、ロッドヘッドはフルムーンに注意!
 
ウェスタンガンばかりでなく今回オートマチックも撃った。ベレッタ・クーガー、PX4、グロックだ。
大学同級生の「G.O.S.R.」オーナーのスー氏と。お互いが同級生と知った顛末は2008年7月にて掲示。
タロフォフォ湾に沈むアラタママル(日本船)を表示するパネル。観光スポットの一つになっているようだ。
前回「ウェスタン・フロンティア・ビレッジ」の写真を掲示できなかったので改めて掲示。お店の奥にインドア・シューティングレンジがあり、 珍しいところではヘッケラー&コックP7が撃てる。また、S&Wアクセサリーが豊富。
そこで購入したS&Wスツール。実は前回の訪問時に代金の精算をしたものの余りに大きい為(2台購入)そのまま預けてあった代物。今回はえっちらおっちらハンドキャリーしましたよ。重かった。一台は2009年オールジャパンFD大会の賞品の一つとなった。
念のため「G.O.S.R.」の名刺を掲示しておく。グアムに行く機会が あって、シューティング体験したい人は電話をしてみたら如何だろう?

【2010年12月28日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤



第59話 還暦カップ

 58話「ドジ・ストーリー」(2009年6月)から数えると一年半ぶりの更新となる。原稿は書き溜めてはいたものの毎日の忙しさに追われて手を付けられなかった。(言い訳?)今回は一挙公開といきたい。
 かなり遅い報告だが昨年(2009年)に還暦を迎えた。報告がこんなに遅れたのは多分自分に年をとったという意識が無いからだと思う。昔は60歳といえばなんと「おじぃさん」と思ったものだが・・・・。一般の会社に勤めていればその年令を意識するの だろうが私の場合毎日仕事で追われてそれを感じさせる機会がだいたい無い。しかし我らが「ピーメイ・クラブ」で還暦カップなるものを開催してくれた。(2009年12月27日)同カップには参加者19人中何と8人の還暦の クラブ員が。周りがどう思おうと年令に負けず病気に負けず会社をウェスタンをトイガン業界を引っ張って生く(行く)つもりだ。
本来はもっと早くこの原稿を掲示するべきだった。相変わらずスロー更新で申し訳ない。
ピーメイ・クラブのパネルの前で記念写真。赤いちゃんちゃんこならず赤いマント、赤いピースメーカー、赤いホルスター、その上赤いハット。
赤いピースメーカー(HWS製)とホルスター
三位となった。ただし総合ではなく還暦メンバー中の成績なので大して誇れない。井浜会長から賞状を頂く私。
入賞者スリーショット。堂々の一位、エース安井さん、二位パラディン杉町さん と。
みんなで談笑、当社営業部長「ケイ井守」も還暦カップに参加。久しぶりのファストドロウ体験でタイムが上がらずめげていた。
参加者全員での集合写真。

【2010年12月28日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤



第58話 ドジ・ストーリー

ドジ・ストーリー
 人は誰でもドジを踏む。私も自他共に認めるドジだ。そんな私には沢山のドジ・ストーリーがある。差し支えない話をここに。書くことも出来ないストーリーは口頭でお伝えしたい。是非聞きたいという人は(いないと思うが。。。)イベントなどで私を見かけたら呼び止めて聞いて欲しい。

ドジ・ストーリーその1 「ネクタイ」
オブジェクションもあるだろうが自分はおしゃれだと思っている。ファッションの基本は団塊世代共通ファッション「アイビー」だ。今ではほとんどネクタイをする機会が無いがたまにASGK(日本遊戯銃協同組合)の役目でお役所に行ったり総会に出たりというときにはブレザーにネクタイ姿になる。「アイビー」といえば定番「VAN」。私も当時のジャケット、ボタンダウンシャツを処分せずに大切にしている。もちろん今でも愛用ブランドの一つだ。「VAN」以外ではJ・プレス、ブルックスブラザース、ニューヨーカー、ポロ・ラルフローレンなどトラッド系ブランドを好んで買っている。いつもはボタンダウンシャツ、リーバイス・ジーンズにハートフォード・アクセサリー(以前この項で紹介)の味付けをしたカジュアルファッションで決めている。(つもり??)時に海外に出るとシューティングやガンショー見学の間でデューティ・フリーショップなので上記のブランド物を探したりする。
 さてここからがドジ・ストーリー第一回目だ。海外で買った大切なネクタイのお話。以前東京店は目黒に有ったが98年に現在の吉祥寺に移転した。(16話参)引越しの日はあいにくの大雨。それも下から降り返してくるくらいのどしゃ降り状態。荷物を車に積み込む作業も大慌て。当時、目黒店バックヤードには緊急用に礼服やジャケット、ネクタイを置いてあった。その中には前述の本場で買ったお気に入りのブルックス・ブラザースのネクタイも入っていた。引越し荷物と一緒にそれらも車に積み込まなくてはならない。駐車スペースの都合で店から少し離れたところに車を止めていた為、降りしきる雨の中、色んなものを抱えて走って積み込作業をしたものだ。やっと厄介な作業が終わったところでお手伝いのスタッフと一緒にコーヒー・タイムに。向かいのコンビニへ缶コーヒーを買いに出る。信号待ちをしながらふと横断歩道に目を落とすとどしゃ降りの雨の中なにやら布キレが浮いたり沈んだり・・・。それも次から次へと通る車に轢かれて・・・・。ハッとしてよく見ると記憶ある模様・・・・。私のお気に入りのネクタイ!そう、慌てて車に積んだとき落としたらしい。さながら私はムンクの「叫び」の顔で拾い上げた。それは雨でどす黒く汚れた、ただの残骸になってしまっていた。たまに何かの用事で目黒付近を通るとまず最初に思い出すのは浮いたり沈んだりする私のネクタイの模様だ。
その2(と言うかドジ・ストーリーのおまけ)
「マスク」
「豚インフルエンザ」がとうとうフェーズ6に引き上げられた。ところで「豚インフルエンザ」を英語で言うと「swine flu」と表現するらしい。皆さんは知っているだろうか?ほぼ毎日米国、中国、台湾、香港と海外メールのやり取りをする。先日、米国ヴァージニア州に住む友人がこの表現を教えてくれた。「豚」=「pig」は使わないんだ、と一つ賢くなった。
そんな賢くなった私に新たなドジ・ストーリーが・・・。関西から拡大していったインフルエンザ騒ぎで名古屋ではあちこちのお店でマスク売り切れの看板が。東京ではそこまで切羽詰った状態で無いと聞いたので出張時はドラッグストアを注意していた。ある日、吉祥寺サンロードを通ると、遠くからドラッグストア「マツモトキヨシ」が。よく見ると「お一人様2個限り」と書いた看板の掲示が。その周りには女性の人だかりの様子。すわっ、遅れてなるまじと突入。人を掻き分け山のように積み上げられたマスクをつかんでレジへ。ところが良くみるとマスクと単純に思い込んでいたのは私だけで実は女性用ナプキン。恥ずかしながらレジ前でUターン、握り締めた商品をこっそり返した。私のドジ・ストーリーの勲章がまた一つ増えた日だった。
今でも愛用の3つボタンストレートフォルムのVANジャケットと今でも大切にしている本「アイビーが青春だった。」
私好みのレジメンタルやとび柄のネクタイ。ブルックスブラザース、ラルフ・ローレン、J-プレス。一番左のブルックスが今回ぼろになってしまったものと同柄・色違い。ブルックス・ブラザースは故ケネディ大統領(私の尊敬する)お好みのブランドだった。
当時の当社東京店外観写真。

【2009年6月27日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤


第57話 マスコミ露出その3

 55話で雑誌「ガン」で取材された「ダマデのマスター」を取り上げた。実は私も過去に幾度か取材記事で協力している。55話に使う写真を探していたら当時のフィルム(ポジ)が出てきた。いい機会なのでそれらをデジタル化して本欄に掲示をすることにした。ピースメーカー、アンティックガン満載でオールド・ガンファンには楽していただける筈だ。これもある意味で「マスコミ露出」(私の)といえる。1989年10月号で記事担当した「ラスベガス・アンティークアームズショー」の写真をまず掲示しよう。




 このときは記事だけでなく当社の広告用写真の実物SAAとの比較写真やコネティカット州ハートフォード市にあるコルト本社への訪問などサンフランシスコ→ラスベガス→ハートフォード市とタフなスケジュールだった。ハートフォードでの写真(特にコルト・ミュージアム)は後日掲示したい。
 
サンフランシスコで撮った写真。(おまけ)この頃はモデルガン、エアソフトガンのメッキカスタムが当社の仕事の中心だった。当社メッキカスタムのエアガンSAAと実物コルトSAAとのスリーショット。
この写真だけでも「独り言」が数話書ける。*このメッキガンを持ち込んだ時のアメリカ税関でのトラブルや*上下のSAA実物は雑誌「ガン」で何回と無く取材で使用されている事など。ところで上のSAAアーティラリーは現在グアムのシューティングレンジGOSRに預けている。もちろん撃つことも出来る。詳しくはこちらへ、
最近、コダックのポジフィルム「コダクローム」製造中止の新聞記事を見た。(日本経済新聞2009年6月23日夕刊)今回デジタル化したのがまさしくコダクローム・スライドだった。時代の移り変わりを強く感じる毎日だ。
マーク・リード氏(映画ファン、ファストドロウ・ファン、ウェスタン・ファンなら誰でも知っている。)と偶然にも会場で出会う、それを記事にした。若かったでしょ?やせてたでしょ?私。
1989年10月号雑誌「ガン」の表紙。
私の書いたラスベガス・アンティーク・アームズショー記事。カラー6ページ、渾身(?)のレポート!機会有ればご覧を。

【2009年6月27日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤


第56話 ショットショー・ジャパン(その2)

 4月25日(土)26日(日)恒例、大阪ショットショーに出店した。その熱気は46話でお伝えしたので省く。
 前項の「ビリヤードねた」の続きのようだが今回、大阪滞在中は夜な夜な「バラブシュカ」というお店に出没した。お店はスポーツバー。店内に入るとダーツ機、ゲーム機、プールテーブル(ビリヤード)で楽しむ人、グループで飲んで大騒ぎしている男女、あらゆる国籍の外国人や日本人でごった返しているというとてもインターナショナルなお店だ。「バラブシュカ」という店名は幻のキュー・ブランドから来ている。(映画ハスラー2でも使われていた。)かなりビリヤードを意識したお店づくりのようだ。4月「ダマデ」の大会に出て久しぶりに知らない人と対戦する緊張感を楽しんだ。それに味をしめたかここでもその対戦を楽しんだ。もともとお酒は飲めないたちなのでソフト・ドリンクを頼んだあとはもっぱらビリヤード対戦だ。プールテーブルは3台、そのうち2台は無料開放されている。ボードに自分の名前を書いておくと負けた人の代わりに順次呼ばれる、いわゆる勝ち抜き戦。テーブルを占拠しているのはほとんどが外国人。米国人、中国人、韓国人、フィリピン人、カナダ人(これ私が対戦した人たち)と国際色豊か。対戦前、東洋系の顔をしているから「日本人?」と聞くと「NO, I'm Chinese.」と返事された。そっか、肌、目、髪の色で安易に判断しちゃいけないよね。ゲームはナイン・ボールではなくエイト・ボールで行われている。ガンが好きでビリヤードも好きという方(いるかな?)は一度来店すると良い、その圧倒的な雰囲気に驚くはずだ。そういえば前回紹介した「ガルバン堂」だが、行ってみたらお店がラーメン屋に変わっていた。あの「湯葉うどん」食べたかったのに残念。
バラブシュカのURL
http://www.balabushka.jp/
住所 大阪市中央区西心斎橋2-9-5 日宝三ツ寺会館4F
 
TEL 06-6211-5369
営業時間
月〜木: 6pm-3am
金・土・休日前 6pm-5am
http://www.whynotjapan.com/guide/balabushka/ja.htmからの引用)
いつも外国人と日本人で賑わうインターナショナルなプール&ダーツバー。ビリヤードが3台、ハードダーツ4面、ソフトダーツ3台、ピンボールやフーズボール台まである店内は、約200人も入るキャパシティーを誇る大箱バーです。なんとビリヤード(2台)とハードダーツが無料で楽しめるのも嬉しい!
また、180インチの巨大スクリーンがあるので、サッカーなどスポーツのライブ観戦も大迫力で楽しめます!ゆっくりとお酒を飲みたい人には、ロフト部分のソファー席がおすすめ!ふかふかソファーでまったりとくつろげます。大箱なので、大人数のグループにもおすすめです!定期的に、ビリヤードやダーツの大会、コメディーショーなどのイベントも開かれるので、要チェック!!
「バラブシュカ」を背に写真を撮った。うまく撮れてなく失礼。昼間、撮っていたらこの格好なので道行く人に興味深そうに見られた。
奥のエレベーターに乗っ た4階にお店はある。初めて行く人にはちょっと勇気が要りそう。
お店のホームページからの写真
「ガルバン堂」の跡地に出来たラーメン屋「天下善(てんかよし)」もちろん食べました。ラーメン好きな私ですから。とんこつだがあっさりしていて高血圧の私向き。
大阪市中央区西心斎橋2-9-5
11:10〜5:00 無休
電話 06-6210-4494
【主なメニュー】天下善らーめん:700円 チャーシューめん:1000円 豚しゃぶらーめん:700円
ショットショーでのわが社のブース。お手伝いしてくれたピーメイ・クラブのリーバン中村さん。 時間によってはゾロに変身。私は新発売の「テキサス・パターソン・ショートバレル」を持つ。

【2009年5月10日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤


第55話 さよなら私のダマデノッチェ

 4月中旬携帯電話が鳴った。私がベースにしている名古屋のビリヤード場「ダマデノッチェ」のオーナー木村さんからだ。「来週、試合出てくれない?」「えっ、もう5年以上試合なんか出てないよ。自信ないし無理だよー」と返事。「実は今月一杯で閉店することが決まったんで・・・、最後の例会だから昔からのメンバーには特に出て欲しいんだけど・・、」。理由を聞く前に同店での色んな思い出が次々と浮かんできた。*世界チャンピオンのエフレン・レイズのエキジビジョン*念願のタッド・キューを手に入れた瞬間*木村さんとアメリカでガンシューティングに行ったこと、などなど数多くの思い出がある。「ダマデノッチェ」はある意味で私の生活の一部だった。それがなくなるのはとてもさびしく感傷的になった。「分かった。出るよ。」と言うのが精一杯だった。
 私の趣味がビリヤードだと書いた。それを知っている人も多い。下手の横好きだがキャリアは40年以上と長い。(第30話参)通常、自分のベースとなるお店があり、大体はそこにマイキューを預けている。栄に有ったサンルートホテル地下の「サンビリヤード」今池「春岡クラブ」中川区「ブリッジ・ビリヤード」とお店の移転などで私のベースも変わって行った。1986年、映画「ハスラー2」(ポール・ニューマン、トム・クルーズ)が公開され一躍ポケットビリヤード、プールバー・ブームが起きた。その頃に当社本社の近くに(歩いて5分、走って3分)「ダマデノッチェ」がオープン。珍しい店名の「ダマデノッチェ=Dama de Noche」とは「こんばんは、お嬢さん」という意味とマスターに教えられた。近所ということもありマイキューを移しここをベースにしてそれ以降はほとんど毎日、毎晩仕事が終わった8時過ぎに通うのが日課だった。平成15年に現在ある港区に移転、当時から名古屋、東京の二重生活が始まって忙しくなり店に行く回数がぐっと減った。それでも、空いた時間を見つけてはストレス解消も兼ねて球を撞いたものだった。
世の中の景気が回復したらお店の再開を是非ともして欲しい。
 そう願っている私だ。ところで最後に出た試合結果は・・・・、聞かないで欲しい。(涙)
お店の外観(左)と同夜景(右)。
 
テーブル配置はゆったり撞けるよう配慮されている。
1992年1月号ガン誌で紹介される「ダマデノッチェ」オーナーの木村氏。銃は「コルト・キングコブラ」興味ある人はバックナンバー参照のこと。当社の米国研修(シューティング)に当時便乗参加した。
お店のキューラック。左から3本目がマイキュー「タッド」。

【2009年5月10日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤


第54話 シャワートイレ

 この話題は食前、食後向きではないのでご注意を。

 私の勝手な思い込みかもしれないが20世紀、最大の発明の一つは「シャワー・トイレ」ではないかと思う。東京店の入っているコスモビルは2006年から同トイレとなって喜んだ。実はそれよりも数年前から私は「シャワー・トイレ」でしか、うんこはしない 。コスモビル向かいに伊勢丹デパートがあり当時いち早く設備化。このデパートのトイレには本当にお世話になった。在京中はほぼ毎朝ここのシャワートイレを借りるのが日課だったからだ。ご存知のように私が歩くとベルトにかけたキーチェーンがカッチャカッチャという。それはいかにも「吾ここに在り」というばかりの主張音だ。その音を立てながら意気揚々と毎朝来るんだから目立つこと目立つこと。2階の紳士服売り場のオネーチャンに完全に顔を覚えられてしまった。毎朝、目が合うと「にたっ」と笑われていたものだ。(恥)俳優のレオナルド・デカプリオさんが来日したときには、3200ドルもするシャワートイレを購入した話が有名だ。歌手のマドンナさんや俳優のウィル・スミスさんからも絶賛されたと記事で読んだがそのすばらしさを知っている私は「うん、うん、やっと分かったかね、君たちも。」とうなづくことしきりだ。ところで日本ではほとんどのホテル、それも低料金のビジネスホテルでさえ当たり前のように設備化されているシャワートイレだが外国に行くと様子は突然異なる。仕事でよく台湾に行くがその際、台北の5つ星ホテルに泊まる。中部の有名自動車メーカーがよく使うホテルらしい。しかし只の洋式トイレ。昨年の出張先、グアムはもちろん、アメリカ、ラスベガスの一流ホテル「ルクソール」(2004年)でさえ設備されていなかった。海外出張の機会が多いのでもっともっと採用されることを切に願う私だ。そういう訳で最近はコンビニ、デパート、ショッピングセンター、などに行く度必ずといって良いほどわざわざトイレをのぞく。いざという時のためどこに「シャワートイレ」があるかの把握しておかなくてはならないからだ。近い将来「シャワートイレ」マップを完成したいと思っている。
私の後姿。ベルトにキーチェーン、反対側に携帯電話ホルスター、ポケットにはバンダナ。これこそハートフォード・ファッション。ちなみに私の携帯電話ホルスター、ベルト、お財布の模様は「キャトル・ブランド」エージェント向川製。当社にて受注製作中。(宣伝)夏向きファッションです。いつも持ち歩く携帯電話はドコモP905i。何代目かは忘れたが浮気をせずずっとパナソニック製。
当社営業部長「ケイ・井守」彼も絶大なる「シャワートイレ」礼賛派。やはりハートフォード・ファッションで決めている。
中国・桂林の公衆トイレ。中国語ではトイレのことを厠所(かわやのところ=ツァソウ)と発音する。1985年 訪中時に撮影。男性用トイレだということが分かる。内部の写真もあるがあえて省いた。個室のしきりは取り払われ便器だけが並ぶ異様な光景。当時は政治的主張が壁に落書きされる度仕切りが無くなっていったらしい。
桂林と違って当時の空港のトイレはきれいだったことを中国の名誉の為お知らせする。
2005年12月に行った中国・シンセンのレストランのトイレをパチリ。

おまけ。
最近「タビ・カフェ」を知った。麺好きな私が選んだメニューは「たまごあんかけ明太子うどん」(\690)高血圧でよくないことが分かっていながらあまりのおいしさにつられ汁まで飲んでしまった。
同店は別の独り言で紹介するつもりだったがお店のトイレに入ってびっくり。トイレ自体は普通の洋式だが部屋の天井周りの棚にびっしり各メーカー、国のトイレットペーパーが並んでいる。壮観の一語。必見だ。

【2009年4月19日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤


第53話 言葉あそび

子供の頃から言葉遊びが好きだった。兄からくだらない駄洒落のような言葉遊びをよく聞かされていたからだ。アンダースタンド?電気スタンド、ガソリンスタンド、ときどき会話中にオヤジギャグを叫 ぶが、心理的に問題がある訳ではないので。これも我が兄からの言い伝えだ。今回はそのくだらない言葉遊びや駄洒落に付き合ってもらおうと思っている。余りにもばかばかしいと思われる方はこの項は飛ばす事をおすすめする。
今でもそらで言える言葉遊び・・・、例えば・・・、

一 いっちゃんとこの
二 にぃちゃんが
三 さんちゃんとこで
四 しぃこいて
五 ごめんも言わずに
六 むり言って
七 しっちくど
八 はったろか
九 こんどきたら
十 とぅしめたろ

一 いちじく
二 にんじん
三 さんまの
四 しっぽ
五 ごりらの
六 むけ○ん
七 なにこく
八 やろう
九 くさった
十 とうがん、

ひとつ
ふたつのぼっちゃんが
みっつみかんをくいすぎて
よっつよなかのはらくだり
いつついつものおいしゃさん
むっつむこうのくすりやさん
ななつなかなかなおりません
やっつやっぱりなおらない
ここのつこんやでおしまいだ
とうでとうとうあのよゆき

かっちゃんが
かどの
かしやで
かちぐり
かって
かたくて
かめない
かえして
かえる

突然だがこの言葉遊びが今の仕事で生きている。それは例えば商品名だったり、クラブ名、エアガンのシステム名であったりだ。ここにその例を挙げると・・・、

私の所属するファストドロウクラブのピーメイ・クラブ
(PEMAY.CLUB) PEACEMAKER ENTHUSIATS MEMBERS ACADEMYの英単語の頭文字の略。
東京を中心に活動するガンプレイ・クラブ
I.W.G.P. INSTITUTE of WESTERN GUN PLAY
カーボーイシューティングのチーム名
J-CAST JAPAN COWBOY ACTIVE SHOOTING TEAM
エアガンシステム ペガサス(PEGASAS) PATENTED EFFECTIVE GAS ACTIVATED SYSTEMの頭文字の略。
ゴルフ練習器 ギャレット (GALET) Golf Advanced LEsson Tool 

当社レーザーサイトのブランド名 ビームフォード
BEAMFORD レーザーのビームと社名のフォードを組み合わせた造語。レーザーは台湾で製造している。ここの社長から「ゲンが良いので」このネーミングを使用させてくれという申し入れがあった。もちろん快くイエス!今、米国では「BEAMSHOT」はレーザーサイトの一流ブランドだ。

こうした意味のある英単語の頭文字から名称を作ることに興味を持つようになったのにはあるきっかけがある。それは高校生時代にレーダーという単語が頭文字から出来ていることを知ってとてもショックを受けたからだった。
レーダー(RADAR=radio detection and ranging)

そんな私にとって今でも謎なのはいろは言葉の隠し文字だ。大学時代に友人からこれを聞かされた時はなぜ????と怖くて(実は昔から臆病者です。)その夜は寝付けることが出来なかった。
それは

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす

上記の最後の行をつなげると「とかなくてしす」と読める。これを友人が「咎なくて死す」という隠し文字だと教えてくれたときは身震いしたものだった。もっと詳しく知りたければネットで検索してみると良い。より深〜い訳が読めるだろう。

最後に学生時代に教えられた英語替え歌をここに。学生時代に所属したESSクラブ時代、当時の先輩から教えられた。たまにカラオケで「英語の歌を歌うぞ!」と言いながらこれらを歌うとひんしゅくをかいながらも受けるので好んで歌っている私だ。ちなみに私は洋楽が歌えない、普通私の世代はビートルズは歌うようだが私のレパートリーには無い。都はるみ、五輪真弓、八代亜紀さんなど演歌が大得意の私だ。次の曲、若い人たちは知らないだろうなぁ。でも、この英語、適当だから、ひんしゅくかっても私のせいじゃないからね。

曲名:「あぁそれなのに」
空にゃきれいなアドバルーン
さそかし会社で今頃は
お忙しいと思うたに
あぁそれなのに,それなのに
怒るのは,怒るのは
あたりまえでしょう

In the blue sky adbaloon
perhaps you are in the company
I think you are very busy
Ah nevertheless nevertheless
Don't you?
I'm angry I'm angry
It is naturally

曲名;「骨まで愛して」
生きてるかぎりは どこまでも
探し続ける 恋ねぐら
傷つきよごれた わたしでも
骨まで 骨まで
骨まで愛してほしいのよ

As far as I live, forever
I'm looking for love nest
Hurted, get dirty, even me
Love me to bone love me to bone
I want you love me to bone

くだらないお話に最後までお付き合いいただき感謝!

← ピーメイ・クラブのマーク
J-CASTのマーク →
GALET
キャップにセットしたレーザーをボールに照射インパクト時のヘッドアップを防ぐすぐれもの。当社がこんなもの作っていること知らないでしょ?
レーザーサイト 「ビームフォードG」やっと認証に成功した念願のグリーン・レーザー。近日発売予定。当社がレーザーサイトに取り組むようになった経過はいつか「独り言」に書いてみたい。
ペガサス・システムの当社FDC( Fast Draw Custom )
そういえばこのFDCも私の造語だった。書けないが某社エアガンシステムも私が名づけ親。実は当社新製品エアガンのネーミングも決定している。やはり星座名をもじった。近いうちに発表するのでご期待を。

【2009年4月19日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤


第52話 マッキーさんへ

 前回が昨年7月なので約8ヶ月ぶりの更新。これを機に更新の速度、頻度を高めたいところだが・・・。

 一周忌。
ピーメイ・クラブ前会長「マッキー立木」さんの突然の死から一年が経過。出張時に帰らぬ人となった前会長さんを想うと東京で倒れ約二ヶ月東京で入院した私にとって彼のことはひとごとと思えない。3月1日(日)立木さんのご自宅に一周忌のお参りにお邪魔した。現会長のジミー井浜さんがお経をあげてくれ、その堂に入った読経姿に正直びっくりしてしまった。たぶん、立木さんも仏壇の中でびっくりしていたと思う。立木さんの意思を継いでファストドロウ、ウェスタンを盛り上げなくてはと彼との誓いを改めて確かめた日だった。そういえば、ピーメイ・クラブでは還暦を迎えたら「赤いちゃんちゃんこ」を着るより「赤いテンガロンハット、ベスト、ホルスター、ブーツ」姿の写真を撮ろうとメンバーと約束している。マッキーにも着せてやりたかったな。

彼がいつもかぶっていた愛用のテンガロンハット。形見分けで頂き使っています。写真は 3月29日のピーメイ・クラブ例会後にて。

【2009年4月19日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤


第51話 スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ(露出その2)

 平成19年9月、想定外のウェスタンムービー「スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ」が公開された。テレビではかなりのCMが流されたので記憶の方も多いと思う。
 さて、映画では当社のモデルガン、ホルスターがいろいろと使用されているので是非ご覧頂いて劇中に出て来るGUN、ホルスターに注目を。この映画がきっかけになってウェスタンがもっと盛り上がることを切に願っている私だ。映画への協力依頼があったのがその前年の8月。依頼を受けた当時の心境を映画の公式本で語っている。抜 き書きすると・・・、
最初にお話をいただいて「スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ」という映画のタイトルを聞いた時は、素人が作る映画だと思って「それはアマチュアフィルムですか?」と思わず聞いてしまいました。うちは素人でも一流の役者さんが出る映画でも区別なく、その精神がしっかりしていれば協力させてもらう姿勢で常にいますが出演している俳優さんの顔ぶれを聞いていると、どうもそうじゃないことがわかってきました。日本で作る待望のウェスタン映画であり、さらに出演者のひとりである桃井かおりさんは個人的にもファンだったので、是非とも協力したいとお願いしました。それと、今回の作品は全編英語で話すことを聞いて、世界に通じる映画を作るんだなという心意気と、映画の可能性を感じましたね。(以上、公式本P72より抜粋、左上写真赤枠内)
「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ公式図解」 2008年7月22日現在、Amazonや楽天、TSUTAYA、HMVなどのネット書店でお求めいただける。税込1,890円。是非お手にとってご覧いただきたい。
 撮影が始まる秋頃、一本の電話をもらった。そう、主役の一人「桃井かおり」さん本人からだった。電話の趣旨は彼女の役である「血まみれ弁天、ルリコ」がガンファイトシーンで撃った後にガンスピンをしてからホルスターに入れる、その時、銃が入れ易いようホルスターに工夫をしてもらいたいとの依頼だ。実は本格的でリアルなウェスタンを目指す為、ホルスターは基本がオールド・タイプ(実際の1900年前後に使用されたホルスターはやわらかくヘニョヘニョだった―独り言前話参照)。それで考えたのは、形はオールド・タイプであるが現代風のメタル・ライニングを施したものを製作することに決めた。印象的だったのは電話の「桃井」さんは映像でのアンニュイな語り口ではなく、とてもはきはきしたキャリア・ウーマン風だった。
ちなみに映画の絵コンテを書かれた相馬さんはこの項(独り言)での私のイラストを書いた方(ソウマン)ということを知って今回も「世の中は狭いな」と感じた次第。
(左)桃井さん使用のホスルター(右)タランティーノさん使用のホルスター
リンク先はDVD販売元の公式サイト。レンタルも多数並んでいて、新作枠からも外れているので是非ご覧いただきたい。
ジャンゴ本編の一場面。弊社のニューモデルアーミーを操るのは「平清盛」役の佐藤浩市さん。

【2008年7月22日発】

(株)ハートフォード代表 コネティ加藤


ご清聴(?)ありがとうございました(笑) from WEBスタッフ@ハートフォード
(background illustrated by ソウマン)


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